ひまわりのような明るい笑顔が魅力な、柚木さとみさん。丁寧で親しみやすいレッスンにファンも多い料理教室「さときっちん」は、毎回募集と共に満席になる人気ぶり!でも、ここに至るまではいろいろな経験が。今回は、そんな柚木さんの料理家になるまでの道のりを、子供時代からじっくりと伺いました。

28才で
目覚めた
料理への
興味

柚木さんは2012年からヤマサHappy Recipeのレシピストとしてご活躍いただいてますが、子供の頃からお料理好きだったんですか?

「実は、料理をちゃんとやろう!と思ったのが28才の時だったんです(笑)
それまでは、私生活で料理はほとんど作らなくて。
小学校~中学時代はバスケットをやっていて、お弁当は自分で作っていました。うちの実家は学習塾で、両親ともに夜は仕事だったので、夕飯の時に家族で食卓を囲むということがほとんど無かったんです。家に帰ると、母がお弁当を作っておいてくれて、それを各自が食べたい時に食べるという感じで。お節料理や梅仕事など、イベント的な手伝いはしていても、「家で日常的に料理のお手伝いをする」という機会自体が少なかったですね。

だけど幼い頃から食に興味はあったので、大学に入ってバイトを探す時に「絶対、飲食店がいい!」と思って。吉祥寺にあるおしゃれなカフェの雰囲気にひかれて、そこでバイトを始めました。

もうひとつ忘れられないバイトと言えば、やはり大学時代、ひと夏だけ石垣島のダイビングショップでバイトをしたんです。その時まかされたのが、スタッフの賄い作り。当時まだ料理もあまり出来なかったので、何を作っていいのかぜんぜん分からない中で「しょうゆ、酒、みりんを入れたらおいしくなる!」とスタッフの方に教えられ、とりあえずこの3品で夏を乗り切りましたね(笑)ホントに絵に描いたような失敗続きで、指を切ったり、やけどをしたり、物を落としたり(苦笑)でも、とても楽しい経験でした。

大学を卒業してから、先程のカフェに就職をしましたが、仕事は0時近くまでありましたし、時間があっても系列店のお店を視察と称して食べ歩きしたり、ほぼ毎日外食の生活。28才で仕事を辞めた時、そんな自分の生活を一度きちんと立て直そうと思い、節約も兼ねて自炊をするようになりました。外食で食べた時の味をイメージして作ってみたら、これが意外とおいしく出来て(笑)そこからだんだん料理をすることが好きになってきました。友人を自宅に招く機会も増え、多い時は毎週1回宴が催されていた時も(笑)そのうちに「料理で仕事がしたい!」と強く思うようになり、フードコーディネーターの資格を取りました。

資格を取った後は、フードコーディネーターの先生のアシスタントをしたり、カフェを立ち上げから運営までをまかされたりと、いろいろなご縁に恵まれてきましたが、今度はまた違う形で仕事をしたいと思い探したところ、クッキングスタジオでの講師募集をみつけ応募。それがきっかけで、2007年から料理を教える仕事をはじめました。学習塾をやっていた実家は、私以外、家族全員が先生。私だけが料理の道を選んでいたのですが、その時「私も教える仕事が好きなんだな」と気が付きました。

その後、2011年に初めてのレシピ本「美人をつくる発酵食レシピ」(じゃこめてい出版)を小石川はるかさんとの共著で発行させていただきました。2011年という年は、誰にも忘れられない東日本大震災があり、また住まいも立ち退きに続くまた立ち退き、そして最愛の父も旅立ったという怒涛の一年だったんですが、本が出版されたことをきっかけに、そこからお仕事が広がりました。」

可能性を
感じた!
「さときっちん」
との出会い

調度その頃、スタジオ「さときっちん」に引っ越したのも大きな転機ですね。

「はい、次に引っ越す家は「料理するための家にしよう!」と思っていたので、自分で図面をひき、お金もあまり無い中、友達に色々と協力をしてもらい空間を作りました。でも、初めて下見に行った時は築55年経った古家だったので、あまりの古さにビックリして(笑)3か月くらい悩みましたね。

ただ、この場所に可能性を感じていたので、建築家の同級生を引き連れて一緒に相談に乗ってもらい、後は勢い…ですね(笑)図面はあったものの解体した日から、引越しまでのリミットが3週間。床も一度抜いてから貼りなおしました。今思うと、もう一回やれと言われても出来ない強行スケジュール(笑)

一番のお気に入りは、やはりキッチンスペース。
アイランドスタイルの作業台は、サイズ感と導線を考え、シンクやコンロの並びも決めながらいちから自分たちで作りました。ちなみに、シンクは友達が以前暮らしていた、取り壊し予定のアパートの大屋さんから譲ってもらい活用しました。スパイスラックも手作りですし、もらったもの、拾ったものも多いですが、どれも愛着があります。

調理器具も、もちろん話題の家電も魅かれますけど、私は手作りならではの道具が好きです。
この“せいろ”は特にお気に入りで、調理道具だけど、器としても使えるところがいいですね。

2012年にこの「さときっちん」に越して、今年で7年目。この家が形になった時、それまで好きだった接客と空間作り、そして料理、今までやってきたことが全部つながった!と思ったんです。ここでスタートした料理教室もおかげさまで多くの生徒さんに来ていただけるようになったので、今後はデモンストレーション形式のレッスンや、どなたかとのコラボレッスンなど、色々と新しいことにもチャレンジしたいと考えています。

しょうゆ
は“心強い
調味料”

Happy Recipeではしょうゆを使ったいろいろなレシピを作っていただいてますが、柚木さんにとっての“しょうゆ”とは?

「先程の石垣島でのバイトの話しで「しょうゆ、酒、みりんを入れればおいしくなる」というお話しをしましたが、でも酒だけ、みりんだけではおいしくならない。やはり、しょうゆがないと味がきまらないんです。

しょうゆは、刺身には「ヤマサ鮮度の一滴香り立つ超特選しょうゆ」などの濃口しょうゆ、煮物など素材の色を活かしてきれいに仕上げたい時は薄口しょうゆなど使い分けをしています。ヤマサさんはバリエーションが豊かで、「ヤマサ鮮度の一滴プレミアムしょうゆ」のようにそれひとつでソースのように使える商品もあるので便利ですね。

ヤマサさんとのお仕事も、もう6年と長いお付き合いをさせていただいてますが、お仕事いただいた時は「うれしい!」というのが最初の実感で、母も喜んでいました(笑)
おしょうゆがおいしいのはもちろん、新しい商品もいろいろと発売され、研究熱心で積極的な企業というイメージですね。ヤマサさんのしょうゆは、いつも身近にある、私にとって“心強い調味料”です。」

和の調味料や食材をいろいろな料理に取り入れる「和DEミックス」についてはどうですか?

「はい、「和DEミックス」で思い出すのは、以前に勤めていたカフェで、イタリアンのシェフが作ってくれた一品。生クリームの入ったクリームソースにしょうゆを入れ、なめたけと合わせ、それをチキンやメカジキにかけるんですけど、その時は「えっ!生クリームにしょうゆ?!」と、その組み合わせが衝撃でした。イタリアンなのに、その料理はしょうゆが無いと完成しない。「しょうゆの使い方って自由なんだ!」って、その時すごく思いました。

それからはハンバーグのソースなど、洋食でも味をちょっと引き締めたい時にしょうゆを使うようになりました。塩とは違う塩味を入れたい時は、しょうゆがとても効果的だと思います。少量でも味の変化があるので、メイン使いとしてはもちろん、隠し味としても、中華、洋食、エスニックなど自由に使ったらいいのでは思います。」

なるほど。普段「和DEミックス」なレシピを作る時、アイディアはどんな時にひらめくのでしょう?

「そうですね、例えば「新じゃがいもとクミンのチーズガレット 昆布つゆ風味」は昆布つゆとクミンを合わせましたが、スパイスとの組み合わせは好きでよくやりますね。辛みが欲しい、甘みが欲しいなど、まず味の想像をし、後からそのイメージに合う食材を考えます。家にあるけど普段使ってない、減ってないスパイスや調味料を使うと、新しい味の発見がありますよ。枠にはまらず、いろいろ試してみていいと思います。そうするとそこからまたバリエーションも広がりますし。

後は、Happy Recipeを見て何か一品作ったら、次は家にある食材でアレンジをしてみたり、外食した時に食べておいしかったものがあったら「これにしょうゆ入れたらどうなるかな?」みたいに考えると、自分の中でアイディアのストックがたまっていくと思います。自由な発想で、ぜひいろいろとチャレンジして、毎日のお料理を楽しんでみてください!」

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